飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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話題考34 : 「原発余談」

 原発を考えるときは、地元の原発とのかかわりを考えながら聞いている。核燃料サイクル始動のニュースを聞いたときもそうだった。
 そんな中、プルサーマル発電の口火を切ってしまった九州電力の戸惑いをテーマにした「河北新報」の「国策の行方~プルサーマル始動④」という報道は新鮮だった。
 
 国策「核燃料サイクル」の実現は、業界の重要テーマであり、当然東京電力や関東電力の2巨頭が先頭に立つはずだったという。しかし、いつのまにか先頭に立たされていたということのようだ。
 関東電力は、データねつ造と美浜原発の死傷事故で、東京電力は、トラブル隠しで中断してしまった。前にいた電力会社は、次々とつまずいた結果、いつのまにか先頭に立っていたというのだ。

 この先頭の重圧は、国策の重みでもあるという。
 プルサーマル計画は、10年遅れであり、青森県の再処理工場トラブル続きがあり、ここに九州電力のミスは、国策の存続それ自体の存続にかかわるという。
 もともとプルサーマルについては、安全性や必要性を懸念する声が根強い。その中での先頭を切るという重圧のようだ。

 ここから余談だが、このいつの間にか重要な運命を握る立場になっていたという出来事は、戊辰戦争の時の福島に似ているなと思う。
 戊辰戦争について、福島地区の人々が強い意識を持っているわけではない。しかし、実質的な泥仕合のスタートは、ここ福島で切られている。

 当時、会津藩は、奥羽鎮撫総督府に、「初めから朝廷のために力をささげてきたのであり、新政府に逆らうつもりはない」としていた。仙台藩や米沢藩もあやまりの許しをこう手紙を書いた。
 ところが、これを世良修三によって握りつぶされた。それどころか奥羽鎮撫参謀の世良修三が本軍に宛てた密書を開くと、『奥羽皆敵』とあった。
 それで、世良はこの福島で襲撃され、阿武隈川の川原で処刑されたのだ。
 この世良の襲撃と処刑こそが、東北31藩の結束を固め、奥羽列藩同盟が出来るというきっかけになったという事情だ。

 本当は、地元福島藩では、できるだけかかわりなく穏便に済ましたかったようだが、結果的に、志とは別にいつの間にか先頭を切ってしまったのだ。
 もっとも、福島地区はその後も何事もなかったように、かかわりなく過ごしている。ただ、国全体としては、大きなうねりになってしまったようだ。

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  1. 2009/11/24(火) 10:39:08|
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話題考33 : 「車を買い替えると環境にやさしい」

 今まで環境と車について、以下の観点から整理してきた。
 話題考6 :  「エコカー購入時補助開始」で、車を買い替えると環境にやさしいのかを考えてみた。
 話題考13 : 「エコポイントの意義」では、「福島民報論説」の「エコポイント意義忘れずに」と題した論説をもとに考えてみた。消費者の立場からは、消費拡大政策で、企業の構造からは、エコの技術の開発に弾みはつくことと思えた。
 話題考15 :  「低炭素社会づくり」では、政府広報のチラシ「低炭素社会づくり」「低炭素社会づくり」を考えてみた。一人ひとりの二酸化炭素削減をお手伝いという掛け声とは別に、経済対策の色彩の濃い政策であるように感じた。

 そんな中、「エコカーは二酸化炭素を減らせるの」という子供の質問に答える「毎日新聞」の「『夢の車』にはまだ遠く」の記事に、深いものを感じた。

 電気自動車が二酸化炭素を出さないというのは間違いであるとは誰でも直ぐに思いつく。燃料にあたる電気を作るのに二酸化炭素を排出しているからだ。
 しかし、この回答はそれだけでなく、自動車を作ること自体にかかわる二酸化炭素排出をも考察する。その中で、エコカーは、重い電池や特殊なモーターを作るために余分に二酸化炭素を出すことを解説する。
 具体的には、トータルの二酸化炭素排出量をガソリン車とハイブリット車で比べて、ハイブリット車の二酸化炭素排出が少なくなるのは、5万~6万㎞走ってからだということのようだ。
 しかし、施策としては税体系で買い替えを促進させているので、実際はハイブリット車にすることで、今までよりも大量の二酸化炭素を排出するということになるようだ。
 エコカーのもう一つの問題点として、希少物質を多量に使わなくてはならないという問題も指摘していた。

 結論として大人の今のエコカーのはしゃぎでは、二酸化炭素削減には役立たないことを知らせている。
 二酸化炭素を減らすのは、もっと簡単だ。
 できるだけ移動手段を歩行、自転車、公共の乗り物の利用という手段を工夫することであることを知らせている。そして、大人には運転する時には、燃料節約の運転をお願いすることだと忠告している。

 当たり前の結論を冷静に子どもに呼びかけているのがいい。
  1. 2009/11/22(日) 16:03:02|
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話題考32 : 「『核燃料サイクル』をニュースに学ぶ」

 自分には、原子力発電を知ろうとしない意識がある。それは、核アレルギーの意識があるからだが、国も福島県も環境問題にかこつけて評価を高めようとしている感じがするので、知らないままでもいけないのかなと思い始めている。

 九州電力の佐賀玄海原子力発電所で、mоx燃料を使う国内初のプルサーマル発電が始まったという。これを機会に、各紙が原子力発電についての解説を載せている。そこから、自分なりに読み取ったことを整理しておくことにする。
 ○ 日本が原子力政策の柱としてきた「核燃料サイクル」
 本命は、使用済み核燃料を再処理して、取り出しプルとニュームを高速増殖炉で燃やすことで、高い効率で資源が再利用できるはずだった。
しかし、高速増殖炉も再処理工場も度重なるトラブルで先行き不安。
 ・ 95年高速増殖炉「もんじゅ」の冷却材のナトリウム漏れ事故以来停止している・
 ・ 青森県六か村の使用済み核燃料再処理工場で、問題が起きて、完成予定が延期され続けている。
 ○ プルサーマル計画
 使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを、ウランと混ぜてmоx燃料をつくり、これを今までの原発で燃やす。
 しかし、この方法は資源の再利用の効果は小さく、緊急時の出力を抑える制御棒のききが悪い。

 九州電力佐賀玄海原子力発電所のニュースは、このプルサーマル計画の起動ということだったということだ。
 この計画を急ぐ背景には、溜まっていくプルトニウムを減らさなくてはならないという事情があるようだ。現時点で、日本は、28tのプルトニウムを保有量し、これは原発5千発分という。
 プルサーマル計画では、2010年までに16~18基の実施を計画していたが、原発不祥事で遅れているという。その計画が、世界的に見て急ピッチで突出しているともいう。高速増殖炉が遅れている穴埋めに、mоx燃料のみを使う普通の原発を28%にするそうで、世界初のmоx燃料のみの発電は、2014年青森県の大間原発予定とのこと。

 もう一つ、高レベル放射性廃棄が出るのだが、その廃棄についての見通しは立っていないということもあった。
 半減期の知識を持ち合わせていないが、素人考えでは、何に封じ込めても封じ込めたとしても、容器よりは半減期が長いはずなので、必ず長いスパンの将来的には漏れるはず。
   
 コマーシャルでは、原子力発電は環境に優しいそうだが、本当かなという思いが残る。

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  1. 2009/11/15(日) 17:37:45|
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話題考31 : 「ベルリンの壁の崩壊」

 各紙は、ベルリンの壁(Berlin Wall)崩壊20年を迎えた9日、ベルリン(Berlin)市内で記念式典が開かれたことを伝えていた。(2009/11/10)

 旧東ドイツはついに東西を分断していたコンクリートの壁を開き、欧州での共産主義体制の終わりを決定づけたのは、1989年11月9日。あれから、もう20年が経つのか。
 あの時は、崩れるはずもないないものが、あっけなく崩れたこと驚いた。常識と思っていることも、ある日突然そうでなくなるという衝撃に近かった。
それでも、何故、こんなあっけないことが起きるのかということは見えていなかった。

 今回の報道で、東独政権の限定的な旅行自由化を決めたのを、政治局員の誤解から即座に遅延なく適用して、東西ベルリンの国境も超えられると発表したのがきっかけであるという衝撃的な事実を知った。
 しかも、思った通り、「人々と国境兵が対立せずに、平和に壁が開かれたのは奇跡」的なことだったようなのだ。
 そこには、当時の外相が第三次世界大戦の引き金になりかねないことを懸念して、市民の行動を妨害するなという指示が働いたという。外相の指示が、電話でソ連大使館に伝えられ、その指示を大使は電話で司令官に伝えられたというのだ。
 その中でも、実際には軍隊は動いていなかったとか、ソ連軍だったとか、東独軍だったとかと曖昧な情報の中だったようだ。
 そんな偶然も含めた情況の中で、あの壁は、平和裏に開かれたということのようだ。

 分かった気もするが、あの壁は何だったのかとか、あんなふうにあっけなく崩壊したのかが、益々分からなくなってきているような気もする。

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  1. 2009/11/13(金) 11:05:48|
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話題考 30 : 「全国学力テスト」

 各報道は、10/15文部科学省は、昨年まで全員参加だった全国学力テストを、40%抽出方式に変更すると発表したと伝えていた。
 そういえば、このテストに犬山市が不参加だった。
 犬山市のその後は気になっていたが、そのままだった。
 今得られる情報から、経緯を整理しておくことにした。

 2回目まで、全国学力テストに不参加だった犬山市だが、3回目の全国学力テストを前に、昨年12月に動きがあった。
 2008/12/22、テスト参加に反対してきた丹羽俊夫教育委員長の解任動議が、賛成4、反対1で可決されたというニュースがあった。
 丹羽氏は委員長職を解任され、委員長は、「参加」派の教育委員が務めることになったとのことだ。
 このニュースの前に、6人の委員のうち、10月の委員交代などで、学力テストの参加に反対するのは瀬見井久教育長と丹羽氏(教育長)の2人に減っていた。

 3/13、犬山市教育委員会では、テストの参加について話し合いをしたが結論が出ず、次回に持ち越したというニュース。
 これは、参加を主張する田中志典市長が、平成18年に当選し、委員を入れ替えるなどし、昨年秋には参加派が過半数となっていた。したがって、結論は参加とする可能性が高まっている中でのできごとだ。
 不参加主導の瀬見井教育長が、「採決まで冷却期間を置くことにした」とし、23日に臨時会を開き、採決して決めることにしたということのようだ。

 3/23犬山市教育委員会臨時会で、委員の多数決で平成21年度のテスト参加を決めた。
 瀬見井久教育長を含めた委員で採決し、参加4人、不参加2人の多数決で犬山市の参加が決定された。
 
 4/21 全国の都道府県が参加した全国学力テストが、実施された。

 ここで、このニュースは終わらない。
 テストの結果公表まで約4カ月かかることから、犬山市では即座に指導に活用する方針のもと、市内の公立校全校が答案用紙を独自に採点して分析したとのことだ。

 10/15文部科学省は、昨年まで全員参加だった全国学力テストを、40%抽出方式に変更すると発表した。
 これを受けて、10/20犬山市教育長が来年10月の任期切れを待たずに辞意。犬山が目指した教育の流れになりつつあり、「良い引き際」とした。

 ここまでが今年の犬山市の学力テストにかかわる経緯だ。
 単純に見れば、「過度の競争原理導入は個人の格差を広げるだけ、義務教育に競争原理は不要」と批判して2年連続で不参加を決めていた瀬見井氏にとっては、不本意な結果に見える。
 しかし、こだわったのは、義務教育への過度の競争原理導入批判が本筋だ。
 参加になった時点で、「国のテスト結果の公表(8月下旬)は遅く、授業改善に役に立たない」と主張して、テスト直後に解答用紙をコピーして現場教師による採点を行うなど独自性にこだわり続けた。
 主張の勝敗にこだわって、このことが注目されることはない。しかし、このことが、参加によって競争原理導入をさせずに、それぞれの学校が指導の改善に資する方策とさせたという意義がある。
 教育が、志を大切にすることだとすれば、これは大きなことなのだと思う。
 もっと言えば、氏の主張の中心である現場の主体性の大切さという点がぶれていないということに注目する。

 「教員を信頼し、教員に責任と権限を与える。そして、君たちの好きなようにやってよろしいと言ったら、教員は燃えますよ。燃えてやる仕事に多忙感はないはずだ。」
 注目を集めた独自の教育改革は、そのための方策だった。
 教科2人担任制で20人以下の規模で行う少人数授業、教師による副教本作成、学期制導入、児童・生徒同士が教え合う「学び合い」の授業など、子供の主体性を生かした教育の実行だ。

 東京を中心に、全国的になったその志は「いきいき、のびのびとした教育。そのような美名の下で、教員は自分のことしか考えなくなった。子どもの学力をあげることに情熱を燃やさない教員は去ってほしい。」ということだ。
 人間は自由にしたらなまけるという人間観にたった教育改革が主流の中、主体性の大切さをうたったままだったということだ。
 カリキュラム編成権は、学校にある。子どもや地域の実態をふまえて、学校としての願いをもち、それを反映させたカリキュラムを学校が作成するという根本姿勢は貫いているということに注目したい。

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  1. 2009/11/04(水) 09:40:56|
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親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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