飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-49

 子規は、瑞岩寺の林立する俳句の碑をみて批評するが、ここに充分に自己表出している子規を感じる。
 先にも記したように、子規はよく身辺の連中を小気味よくけなしたらしい。頼まれたわけでもないのに、友人の句には勝手に赤を入れるとも。
 そういったことと同質の意識が見える。

 もう一つの態度が、小僧の案内にもうっとうしいと感じていることだ。寺の宝物である玉座・名家の書幅・邦の古物、八房の梅樹等、いちいち指示するというのだ。
 これも、子規の自己表出ということとかかわるように思うのだ。
 このいちいちその見方を指示する場面は、二本松の黒塚観音寺でも経験している。寺僧に賽銭投じ、小堂を案内され、壁上の書、函中の古物を説明して、その縁起を説いている。
 しかし、「はて知らずの記」を読む限りでは、子規は神妙に案内されていたように感じる。
 確かに、老僧であることや袈裟を正すその姿勢との対比もあるのだろうとは思う。しかし、それだけではなさそうだ。ここには、忠実に芭蕉翁を追う姿勢と子規自身の表出ということとの意識のバランス感覚がかかわりそうだと思うのだ。
 この時に比べると、芭蕉翁を追う姿勢に比して、自己を表出するという意識の強さが表れているように感じるのだ。こういった意識の変化を勝手に思う。
 このあたりからの「はて知らずの記」は、子規の自己が前面に表出されたものとみたい。

闇は、先ず遠き島山より隠して夜に入る。
 灯ちらゝゝ人影涼し五大堂

 今や月が出るだろうとと眼を見張る様を、
 松島の闇を見て居るすゞみかな
 すゞしさや さらに月なき千松島


 小舟が二艘ほど赤い提灯をともしつらねて、小歌を歌い月琴を弾きなどしながら、そこここと漕ぎ回るのは、これも月を待つこと。
ともし火の島かくれ行く涼み船

 海の面がほのかに照って、雲の隙に月の影が現れれようとする。
 波の音の闇もあやなし大海原、
      月が出る方に島が見えわたる。
 すゞしさの ほのめく闇や 千松島
 すゞしさの 魂出たり 千松島


 一句二句うなり出だす間もなく、月は再び隠れて、このあたりの雲の中とおぼつかない。
 あはれこよひ一夜こそ松島の月を見んと来しものを
 心なき月は知らじな松島に
      こよひはかりの旅寝なりとも

観月といふ楼の名を力に夢魂いずこにや迷うらん。


 国語的な素養はないが、散策の経験をもとに子規が表現したかった心持を読み取ってみると、こんな感じではないのかなと思う。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/23(木) 11:05:04|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-48

子規は、観瀾亭の後、瑞岩寺に詣でるが、芭蕉の足跡を忠実に追うということとは違っているように思う。
確かに、その雰囲気には感心している。

経の声かすかに涼し杉木立
 両側の杉林が一町ほどで、奥まったところに山門があって、苔むし虫蝕しても、なお昔の面影がある。古風優雅で、奥深くてもの静かで愛すべき招提(寺院)だと。
 しかし、関心は句碑にあるようで、しかも、その評価は手厳しい。「門側に俳句の碑が林立するが、殆んど見るべきものはない。」と断じる。
 唯、「春の夜の 爪あがりなり 瑞岩寺 乙二」の一句は、古今を圧して独り、卓然としているように思うと記す。
 小僧の案内で寺の宝物である玉座・名家の書幅・邦の古物、それに、八房の梅樹等を見るが、その見方をいちいち指示するのを、うっとうしいと感じたようだ。

 政宗の眼もあらん土用干
 彼は、自分の病気を嘆きつつ、よく身辺の連中を小気味よくけなすらしい。普通に考えれば、八方塞がりのはずなのに、明るさとしぶとさを感じるのはこの姿勢なのではないのかなと思う。頼まれたわけでもないのに、友人の句には勝手に赤を入れると嘆いたのは、漱石だったろうか。
 林立する俳句の碑をみて批評することに、そういったことと同質のものを感じる。

 彼は、散策も精力的で、五大堂にも詣でる。
 小き嶋二つを連ねて橋を渡している。橋はおさ橋で、おさのように橋板まだらに敷いて足もとが危く、うつむくと水が覗ける。(※ おさ = 織機の付属具で、薄片を櫛(くし)の歯のように並べ、枠をつけたもの)
 をさ橋に足のうら吹く風すゞし
 すゞしさや嶋から嶋へ橋つたひ


 日が暮れるまで、松嶋や雄嶋の浦めぐりをするが、いくら巡っても飽きることはない。
 旅亭に帰ると、欄干にもたれて月明りの松島の島々をみる。
 夕されは妻やまつらんまつしまの
       小嶋かくれにいそぐ釣舟

 空は陰雲閉じて雨を催さんけしきなるに、一夕立の過ぎなば中々に晴るゝ事もあらんかと空だのみして
 夕立の虹こしらへよ千松嶋


 松島は、いくら巡っても飽きることはないらしく、次の項を立てて、松嶋や雄嶋の浦めぐりを記す。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/17(金) 10:26:48|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-47

 松島に上がった後のコース取りは、違ってくる。
 子規が追う芭蕉翁は、実際には松島湾、瑞巌寺、雄島の順にたどっているらしい。
 松島に到着した芭蕉は、伊達政宗が再興に精魂を傾けた瑞巌寺参拝し、その南方に浮かぶ雄島を訪ねる。
 「随行日記」や本文から、雄島での立ち寄り先として頼賢の碑・座禅堂・松吟庵であったろうことが挙げられ、見仏上人の旧跡などもこれに加わると見られている。

 これを追う子規は、まずは観瀾亭の前に宿をとったようだ。部屋からも松島の景色を楽しみ、とりあえずは観瀾亭に出かける。芭蕉は瑞巌寺にたっぷりと時間をかけるようだが、子規はここで、たっぷりと時間をとる。
 それから、瑞巌寺、五大堂に詣でて、夕暮れになると、その松島の風景に浸り、旅亭に帰っても、欄干から見える島々を楽しんでいる。

 観瀾亭では、太閤と政宗(貞山公)とのかかわりと装飾や建材の豪奢さなどをたっぷりと描写する。そして、その廊下に座って、じっくりと松島の風景を楽しみ、「各媚を呈し嬌を弄す」。
 太閤と政宗(貞山公)という天下の豪傑がかかわった亭であることに思いを馳せ、松島という扶桑第一の好景に浸る。
 その2人はいないわけだが、風光依然として天下に冠たる限りは、涼風萬石夏を忘れる頃、明月一輪秋まさに半なる時、両公の幽魂手を握ってそこに遊観彷復するにきまっていると。そんな感じだ。
 そこに自分を重ねて表現するが、今のところ、その思い入れをどう表現していいか分からない。とりあえず、子規の表現に自分の理解を重ねて表記している。

 自分はそん大それたものではないが、其意気昂然においては、敢て両公に譲らないという。いわんや風月の権においては、一書生の手より奪うべきではない。
 独り亭前に座って左顧右眄(あちこち見回す)と、両公彷彿して座間に微笑するを見る。しかし、傍人はもとより知らない。
なき人を相手に語る涼みかな


 こんな感じだろうか。
※ 12/15付加
 俳句はよくわかっていない素人にとっては、この句だけを読んでも分からないところがあるのだが、足跡を追うと、ひょっとするとこうなのかなと思うことがある。
 ここでいう「なき人」って「太閤」であり、「政宗(貞山公)」であり、ひょっとすると「芭蕉翁」も含んでいるかもしれないなどと勝手に思っている。 
 

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/14(火) 10:54:59|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-46

 松島湾に出た子規は、山が洋々に開いてきて、海が遠くに広がる風景を芭蕉の描写と重ねているかのように楽しみながら名文調で描写する。
 まずは、島が並びその見え方が変化する風景を捉えて描写する。
 舟から見る島々は、縦に重なり、横に続いて、遠近の説明し難く、その数もまた知り難い。自分が移動しているのに、海の景色が動いていると錯覚する。一つと見えた島が、二つになり、三つに分れて、竪長と思っていても、直ぐに幅が狭く細く尖りたりして、眺める山の次第に円く平たくなっていったりする。
 次にいろいろな特徴的な島を描写し、その遠景としての金華山、「海岸線に見える山領は富山観音、舳に当りたるは観月楼、楼の右にあるは五大堂、楼の後に見ゆる杉の林は瑞岩寺なり。瑞岩寺の左に高き建築は観瀾亭、やや観瀾亭に続きたるが如きは雄嶋なり」と船が向かう海岸に見える風景を描く。
 芭蕉の描写も名勝の地を名文で表すが、子規もまたそれを意図しているように思う。その名文調が崩れてはいけないと思うので、自分が分かりやすいように言い換えるのはやめておく。
 その海岸に船が着き、悦惚れとして観月楼に上って詠む。

 涼しさの眼にちらつくや千松嶋
 涼しさのはらわたにまで通り島鳧(ちどり)

 確認しておきたいのは、芭蕉と散策順に違いはあるが、この「塩釜経由松島」のコースどり同じだ。
 子規は、宮城野から真っすぐこのコースを追体験する。

 我々がこれの追体験に近づくには、塩釜からの観光船島めぐりの後に、松島に向かって観光コースを巡るということになるのだろうか。
 松島は何度も訪れているし、塩釜からの島めぐりも体験している。しかし、現代の商業化された観光地という条件の中では、手こぎであったろうゆったりとした時間の流れ、波の感触などを味わうことは難しい。芭蕉や子規の高ぶったその思いを、目の前に風景と重ねて感じ取ることは無理だろうなと思う。

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/08(水) 18:52:56|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-44

 地域を散策する立場では、子規が頼って訪れた地方の宗匠は、自慢の対象だ。しかし、旧派の大物宗匠三森幹雄氏の紹介で出会ったこれ等の方々を、子規が否定すべき存在としたことは、通説のようだ。

 これと対をなすのは、仙台の南山閣での鮎貝槐園(かいえん)との出会いのようだ。仙台に到着しで、国分町大泉旅館に宿を求めた後、「南山閣」を訪れる。
 「はてしらずの記」によると、7月31日、旧城址の麓より間道を過ぎ、広瀬川を渡り、槐園子を南山閣に訪れたということだ。

 この子規が求める交流性を確認することで、福島の子規の交流性をきちんと認識できると思う。認め難い意識が和らげられ、否定された福島の交流性の本質が明確になるような気がする。
 それまで、芭蕉翁を追う子規を追いかけてみる。

 子規は、仙台から汽車で塩釜に行く。
 とりあえず塩釜神杜に向かって詣でている。「はて知らずの記」で、次のように紹介する。
 数百級の石階幾干株の老杉で、足もとがひやひやとして、已にこの世ならぬ心地がする。神前に簡単にお参りして、和泉三郎寄進の鉄燈籠を見る。
 大半は当時の物だというが、全部錆びで覆われていて、側の大木と共に七百年の昔がありありと眼に浮かぶ。

 炎天や木の影ひえる石だゝみ

 「和泉三郎寄進の鉄燈籠」は、「奥の細道」に「社殿の前に古い燈篭があり、鉄の扉の面に、「文治三年和泉三郎寄進」と彫られている」と紹介されている事を受けている。「奥の細道」の「五百年も前の様子が目の前に浮かぶ」を「七百年の昔」で受けている。
 「奥の細道」は、和泉三郎について、次のように紹介される。
 和泉三郎は、勇気、節義、忠孝を兼ね備えた武士である。誉れ高い名前は今に至っても慕わないものはいない。誠に人はよく道理をわきまえた行いをし、節義を守るべきである。「名声もまたこれに自然についてくる」というがまさにその通りだ。

 芭蕉は、加右衛門に描いてもらった仙台・松島間の名所案内の絵地図を持ち、更に、塩釜と松島の旅宿への紹介状ももらって、旅の便宜を受けている。それをもとに優雅に旅を楽しみ、十符菅や壺碑などをあちこち立ち寄ってみた後、ここに来ている。
 それに対して、子規は一人旅、宮城野に立ち寄った後直ぐにここに来た。
 この神社のいわれは奥の細道に任せ、社頭に立って塩釜の景色を見渡した景色を描写する。
 山は低く、海は平かに、家屋は鱗のように並んで、人馬は蟻のように往来している。塩焼く煙かと見えるのは、汽車や漁舩の出入りするようすだ。歌を詠む貴人だと思ってみると、日本の名所を洋文の案内書に教へられた紳士だった。
 山水は依然たれども見る人は同じからず。星霜移り換れども古の名歌は猶存す。しばし石壇の上にあゆみて昔のみ思ひいでらるゝに

 涼しさの猶有り難き昔しかな

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/11/22(月) 11:51:22|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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