飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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小さな目と小さな声6 : 「学習状況調査」

 学習状況調査の結果と学力の相関を受けて、子どもに寄り添って改善が進められることが大切であるという評価に一応賛同はした。
 それは、子どもの生活環境を整えることの大切さを訴えることができる手段として成果があったという事だからだ。

 しかし、本当はちょっと違うとも思うし、寂しくも思う。本来的には学力と関わらなくても大切なことだからだ。
 それは、学習状況が学力と相関があるからその指導が大切だという事ではないと思うからだ。例えその事が、学力と相関が無かったとしても、その指導の大切さが揺るぐことがないという状況が必要なのだと思うのだ。その指導に時間がかかり、学力を上げる指導に重点が懸けられないという状況でも、生活の指導を優先するというプライドが、義務教育には必要なのだと思うのだ。本来的に大切なことなのだ。

 食事をきちんとする、生活のリズムを整えるということは、たとえ学力と関わらなくても身につけるべきことなのだ。
 目に見える学力に関わるから、そちらも大切であるという事を認めるという事は、目に見える学力が大切で、それにかかわるから生活指導が大切だという事を認めるというジレンマもある。

 初等教育の視点から、人と関わることや生活を整えていくと、自然や本に豊かに触れ合う事などは、系統的な学習よりも大切なことであるという視点が必要だからだ。

 しかし、そういった声をあげるべきだと思う教育の現場からも、教育学者と自称する方からも聞こえてこない。
大きな声に流されるままに、高等教育の成果から、因果関係を求められた道筋に沿って話される論理に弁明するだけだ。幼児教育と初等教育から育て上げていく大切さを訴える力は、教育の現場にも教育学者と自称する方にもなさそうだ。
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  1. 2010/01/07(木) 10:31:10|
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小さな目と小さな声5 : 「全国学力テストの効果」②

 「毎日新聞」(2009/12/18)の「学力テスト:大阪の教育現場から」と題する署名記事は、切り口は別だが、小さな目と小さな声という観点から面白く読ませてもらった。
 小さな声の現場を足で稼いで捉えて、本質に迫ってみようという手法で、学習状況調査の結果の活用が大切なのではないかと結ぶ。

 大阪は、大きな声の知事で有名だ。
 この学力テストでも、府教委を批判し、「百ます計算」の陰山英男氏らを教育委員に任命した。そして、塾と連携した補習、教材開発など学力向上策も進めた。更に、情報公開の徹底、競争が質を向上させるという一貫した考え方で、府内の市町村別の平均正答率を公表したりもした。

 記者は、それだけで学力問題が解決するほど実情は単純ではないということで、現場に足を運んでいる。
 そこで、給食の準備時間の短い時間に理解が遅れた子の補修に充てたり、児童の脇にしゃがみこんで、分かるまで突きっ切りでいる姿、親が朝食を用意できない児童にポケットマネーでパンや牛乳を与える姿を見ている。

 今年度大阪の結果が上がったが、この観察から一連の向上策の成果ではなく、友人や家族地域との結びつきを重視し、一人ひとりの子に真剣に向き合う姿が学力の向上という結果に結び付いたと見る。
 一人ひとりが抱えている事情にかかわらずのびのびと学校生活を送る結果として、学力テストの成績が上がるということが大切だという、本来義務教育の現場がそうあるべき姿こと大切だということに気づいていることが伝わる。
 その想いから、全国学力テストの成果を学力テストと一緒に実施された学習状況調査だったのではないかとする。子どもの生活の乱れを数値化で示され、現場では課題として認識され、その改善に地道に取り組む姿勢に意義があったと見ている。
 その結語は、順位に一喜一憂する上滑りな大きな声に、学習状況調査の結果も深く読み込み、人や予算を充実させて、学校現場の地道な取り組みを支えることを求めたいと結ぶ。

 この現場に足を運んで得た視点から捉えた成果を、現場での学力テストに対する姿勢と共に、全国学力テストの成果だったと認めたい。

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  1. 2009/12/26(土) 11:29:21|
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小さな目と小さな声4 : 「全国学力テストの効果」

行政刷新会議で、選ばれたメンバーから「校長のマネジメントの能力を上げるのが先で、ただ教員を増やしても砂漠に水をまくような現場」から聞いた小さな声に属する話。

学力テストが良かったのか悪かったのかという仕分け人の観念論ではなく、良くても悪くても当事者になった方からの話だ。
学力テストの問題自体はいい問題が多かったと思っている人が少なくなかったという話を聞いた。ただ、このことは学力テスト実施について疑問を感じていることと、大きな声の持ち主に逆らわないようにしている事で、なかなか聞こえてこないだけということのようだ。

 現場では、その良問を教職員で問題を分析しあったという。大きな声の仕分け人の方に言わせれば、このことで客観性が失われて効果の比較ができないという不味いことをしているということになる。しかし、このまずい方法で、今の時代に大切にしなければならない学力観の一つが提示されたという効果が得られたという。このことで教育の現場である学校で学力観についての議論が高まったらしい。
 教育の現場では、こだわるとかこだわらないとかにかかわらず、潜在的な問題意識として常に子どもをどうとらえ、能力をどう評価するかということが存在するので、問題の公開ということだけでも十分だったとも聞く。今までと違う評価の問題が提示されたことは、刺激的でもあったようだ。
 更には、生活習慣などの他の要素とからめて分析するという提案も、日々の指導に追われる現場では、魅力ある新しい提案に思えたということらしい。
 話題考30:「全国学力テスト」でもふれたが、2年間不参加で、今年参加になった犬山市では、「国のテスト結果の公表(8月下旬)は遅く、授業改善に役に立たない」と主張して、テスト直後に解答用紙をコピーして現場教師による採点を行うなど独自性にこだわり続けたという。
 それぞれの学校が教職員の指導法の改善に資する方策として活用されているという意義を作り出しているようだ。
 ただ増やしても砂漠に水をまくような現場では、必ずしも賛成ではないが逃れることのできない全国学力テストをしたたかに、効果あらしめるように工夫活用していたようだ。 
 本質に迫る何かをしていくという人目につくことはないこの地道な取り組みは、大きな声の持ち主である仕分け人の考えでは、客観性を元にした競争原理導入の足がかりという点からよくないことにされているので、大きな声では言えないし、言うつもりもないということらしい。
 


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  1. 2009/12/20(日) 11:29:18|
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小さな目と小さな声3 : 「大きな声と小さな声」

 行政刷新会議という劇場の中で、科学技術予算の削減が相次いだ。それに対して、次世代スーパーコンピューターなどの復活をノーベル賞受賞者など大物の科学者が、復活の声を上げると、閣僚、マスコミがこれに和した。
 「毎日新聞」は、事業仕分けの波紋下で、どうする科学技術予算という特集を組んで、その大きな流れの陰で、若手や女性の研究者を支援する「目立たない」事業は埋没気味だと報道していた。

 これを大きな声と小さな声に分けてみる。
 小さい声は、ただ一つだ。
 目立たない事業の関係者と当事者である若手や女性研究者だ。

 大きな声は三つある。
 その一つは、行政刷新会議のメンバーだ。大きな声になるのは、そのバックに権力者が付いているということだ。
 もう一つが、復活の声をあげたノーベル賞受賞者などの大物科学者である。これは、自分自身が権威を勝ち取ったということで、周りでは、尊敬の念を持つ。これも大きな声になる要素の一つだ。
 更には、それを報じるマスコミだ。これは、煽る力だ。

 ここでの課題は、小さな声しか出せないものはどうすれば生き残れるかということになるだろうか。

 そのまま正論と思う事を大声で叫んだらどうだろうか。
 これは、大きな声の持ち主との相関関係で、恐らく負け犬の遠吠えでしかなくなるだろう。どんなに正論だと思う事を述べたとしても、大きな声の持ち主にとっては、できの悪い弱いものが、悔し紛れで騒いでいるにすぎないとするだろうと思う。大きな声の主にとっては、どうでもいいことだ。

 無駄な労力ではあるが、大きな声の方に少しでも理解いただく必要がある。そのためには、まずは、大きな声に従うことが必要だ。
 権力者をバックにする方は、効果を具体的に数値で示せという。例え示したとしても結論ありきなのだから潰されるだけなのだか、それでもその方向で努力しなければ、事は始まらない。
 その現実的な効果は、大声で叫んだ時に、負け犬の遠吠えと一刀両断に切られてしまうという危険性が下がるということだ。

 権威をもっている方に迎合するというのはどうだろうか。
 これは現実の世界では直ぐに効果が上がるが、正論とのずれを自分自身が納得できるかということでは問題だ。

 マスメディアに宣伝して煽る力を利用する。これはあり得る。

 実際の対応になるのだろうということを記事から読み取ってみる。
 まずは、指摘を受け止め、自ら改善する中で科学や研究の意義を語る自主的な組織が必要だと思ったとある。これは、負け犬の遠吠えと一刀両断に切られてしまうという危険性は少なくなるということで効果的だと思う。
 次に、我田引水でない主張を模索して、政策提言や社会への情報発信につなげると結ぶという結語だ。これも、煽る力を身につけるという点で賛成できる。

 劇場型の面白い論理ではなく、本質的な論理を考えようという姿勢は、現実の世界では負けるだろうと思う。しかし、小さな声の持ち主自身の小さな世界の中では確実に勝ち残れる道であり、現実の世界にも波及する可能性のある道なのだと思う。
 本当は、自分自身が権威を勝ち取った方々が、その権威を振りかざさないで、目立たない下済みの方々が成長していくことが大切なのだと訴えれば、本質に迫れたのではとは思う。度量の問題だと思うのだ。
 本当に科学研究の予算をこのまま削減してもいいのか。さらに、科学者を育てる大学院・大学は減っても良いのか。それでも、本当に日本の未来に不安はないのかと。

テーマ:気になった事 - ジャンル:ニュース

  1. 2009/12/17(木) 05:14:19|
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小さな目と小さな声2 : 「カテゴリーを立ててみたこと」②

 NHKの小森陽一氏が松本成長を論じる番組をみた。
番組では、歴史観の革命と題して、『日本の黒い霧』『昭和史発掘』などで果敢にノンフィクションの世界にも挑んでいったという観点で清張を取り上げていた。
 私たちが置かれている現代は、混とんとした社会となっている。氏は、歴史家による歴史への向き合い方では読み取れないものがあるとして、清張の歴史観から学ぶべきものがあると指摘する。
 清張は、占領期に起こったさまざまな怪事件の背後にGHQの謀略が潜んでいるとし、狂気が支配していたのではないかと示唆する。

 小森氏は、清張の歴史観の具体例として「下山事件」を取り上げていた。
 下山とGHQとのかかわりの中では、シャグノンという人物に焦点を当てる。彼は、鉄道へ関わったことがあるといった程度の経験しかなかったが、GHQにかかわることで、日本の鉄道を動かす立場を得る。
 今回のカテゴリーとのかかわりでいえば、「大きな声」を発することができる立場になったということだ。
 小林氏は、その時の彼の心理を、「嬉しいのだが、そこには失うことの恐怖もあった」と推理する。 そして、それは必ずしも言いなりにならない下山に怒りを持つとともに、恐怖を持つということだったのではないかと推論し、その狂気が事件の原因としていると読み解く。
 人間の危うさと壊れやすさ、そして壊れるとどこまでも壊れていくが、その加害は封印される。そんな壊れた人間性の寄せ集めで、人間性が回復しないで硬直している社会での出来事というのが、清張の歴史観だろうか。
 この壊れたものも人間もまるごと掴み取って、結果から原因を推論するのが、清張の小説だと言いたかったのだろうか。

 ここから、小林氏は、国を変えるのに直接行動しない人とどう向き合うかを問題提起する。
 しかし、自分はそちらに興味を広げない。
 シャグノンの「大きな声」をあげる人の心理に固執する。
 また、そこから「大きな声」を挙げる人を基にした記憶が、マスメディアによって積み上げられて歴史家による歴史観は造られてしまっているという主張に着目する。社会の歴史観は、本当の社会とか真実ということからは離脱して造られているという主張だ。
 「大きな声」に絡んだ集団の狂気から、ひるまず冷静にどう離脱していくかという思考して得たものというのが、「小さな声」というイメージだ。

テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

  1. 2009/11/28(土) 10:14:22|
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親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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