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本当は晩飯の買い出しは楽しみでもあった。今ごろは誰もが自由な時間帯であるはずなのに、ほぼ同じマーケットに集まってくるのだ。そこには学校では見られない顔がある。
いつも顔を合わせている顔が、エプロンなどをつけてくると、別人のように変わってしまう。いつも気軽に声をかける人にでも、話し掛けるのを躊躇してしまう気恥ずかしさがある。そのもどかしさが快いのだ。
洋子はその逆だ。学校では澄まし込んでいるが、ここに来ると向こうから話し掛けてくる。その事を彼女に言うと、近眼のせいにした。眠が近いから学校では会ってもわからないというのだ。ついでに、眼が悪いからこそ俺の顔でもまともに見ていられるのだと冗談までも飛ばす。ところが、次の日に学校で会ってもつんと澄ましているといった具合であった。
今日は洋子のことは意識していなかった。むしろ、彼女に出会うこともない方がよいと思っていた。何故か煩わしく思えたのだ。途中で出会う同級生と会うのも嫌だった。隣の部屋の和夫や、向かいの部屋の洋一とも顔を会わせたくなかった。今日は、出来ることなら晩飯の買い出しにも行きたくはなかった。
しかし、材料はもう何も残っていなかった。インスタントラーメンでさえ切れていた。行けば誰かに会う確率が高いのだが、行かなければならなかった。
煙草を消して起き上がった。パジャマを脱いでジーパンにはき替えた。咋日の汗が乾さきらずに残っているらしい。足の皮膚から、湿り気が感じられた。通風の悪きも手伝って、熱さが足の方からやってきた。汗が、湿り気に輪をかけているようであった。
洗濯物の中からポロシャツを取って、一つずつ臭いを嗅いだ。一番臭くないやつを選んで手を通した。着た後、もう一度確かめるために、脇の下の布を引っぱって鼻の下にもってきて息を吸った。わずかに臭うが、この位なら大丈夫だと言い聞かせる。
窓を締めた。閉じ込められた空気が俺を襲った。息苦しく、空気の吸入を止められた水槽を泳ぐ魚になったようであった。尻のポケットを探り、銭が入っていることを確かめ、胸のポケットを探り、煙草の有ることを確かめた。
廊下に出て鍵を掛けたその時、階段を昇ってくる音が聞こえた。
歩き出すと、階段から顔が浮かんできた。女だった。どこかで見たことがあると思った。が、俺はそれほど気にとめなかった。ただ廊下が狭いので、止まって彼女が昇り終わるのを待っていた。彼女が笑顔で俺に頭を下げた。待っていることに対する挨拶だろうと思って、俺も頭を下げた。今は笑いを作る気分ではないので、そのままの顔で……。
テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学
- 2009/04/25(土) 06:41:14|
- ○ 夜の長い街にて(フィクション)
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