飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「芭蕉翁の細道紀行からズレはじめる」飯坂温泉⑧:福島の子規2-37

 子規は芭蕉翁の細道紀行を極めようとしているが、そのたどる道筋は、少しずれる。
 飯坂温泉を後にした芭蕉がたどる道筋は、十綱の渡しで摺上川を超えた後、西根堰に沿った道を進む。当時、桑折への道はこの堰沿いのみちしかなかったはずだ。
 子規は、人力車で飯坂温泉を後にし、摺上川の十綱橋を渡る。そこから新たに出来た街道を桑折に向かう。
 その道筋は、葛の松原あたりで重なるのだが、芭蕉はそのままここに立ち寄ることもなく過ぎて行く。
        桑折街道葛の松原寺前
  先にも記したように、子規は、ここの茶屋に立ち寄る。そして、「はて知らずの記」にたわいもない茶屋でのやり取りを記す。いたわられた子規と側にいたお嫁さんのやりとりだ。

 (子規が、)「病ではない。」というと、側にいた御嫁さんがほほ笑んで、
 「都の人は色白だから、我々は、土地の百姓しか見慣れていないので、わずらっているのかなと見えても、そうではないんですね。」などととりなしてくれる。

 人くずの身は死にもせで夏寒し

 茶屋の続きは、突然桑折駅である。そして、桑折より汽車に乗る。伊達の大木戸は、夢の間に過ぎてしまって岩沼に下って行くのだ。
 これは、意図的に時代に合わせて芭蕉翁の道筋を外したものだが、本当は外したくは無かったが外れてしまったものもある。それが「武隈の松」のようだ。
 「武隈の松」も聞いただけで行かなかったとし、実方中将の墓所ばかりは行きたいので、地図を使って笠島へ向かおうとすることを記す。

 ここまでは子規が外したとの意識があるが、子規が外したのはそれだけではない。意識外のこともある。それは、医王寺、大鳥城、斎川宿の甲冑堂を組み合わせて作り上げたイメージだ。

 先にも記したように、芭蕉翁は旅したことをそのまま表現していない。ここでは、特にその傾向が強い。
 芭蕉が描いた大鳥城と医王寺を隣り合わせたイメージは、瀬上から飯坂に向かう河岸段丘から小川を挟んだ風景の中でしかイメージできない。これに気づくには、実際の大鳥城と医王寺に出かけて、その矛盾を感じないと、そのトリックに気づくことができない。
 更には、医王寺で見たとされる佐藤継信と忠信の妻が甲冑姿で老母を慰めた像は、斎川宿の甲冑堂にある。

 桑折から汽車に乗って福島を去った子規には、このイメージを完成することはできない。単に、芭蕉が苦労した大木戸を省略したというだけでなく、芭蕉翁が土着の風景の中に流れる奥州藤原氏と源頼朝の対立的な構図のイメージをも見失っているということだと思う。

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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/10/31(日) 10:01:38|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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