飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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福島の子規2-4

 「正岡子規の福島俳句紀行」で特定した飯坂の和田屋が気になって、いろいろ確かめたが、まだ分からないでいる。

 飯坂の和田屋という宿に着くと、ようやく寒気も収まった。最初はむさくるしい裏部屋に通され、眺めが悪く一寸の景色も見えない。やっと夕方には涼しく眺めも良く表通りが見える部屋に移ることができた。そして、旅の疲れをとるため鯖湖湯の共同浴場に入浴した。


 その「和田屋」は、「飯坂温泉史」では分からなかったということは先に書いた。
 家族と話していて、「わたや」ならあるよという話になった。
       わたや
 その「わたや」なら、十綱橋を渡った向かい側の旅館だ。その可能性もない訳ではないなと思いつつ、二つの事が気になる。
 その一つは、26日の朝小雨降る中十綱橋まで散歩に出るが、「旅宿を出でゝ町中を下る事二三町にして数十丈の下を流るゝ河あり。摺上川といふ。飯坂湯野両村の境なり。」と書いている事だ。旅館から十綱橋まで2~3町なければならない。ところが、「わたや」なら目の前が十綱橋だ。
 もう一つあって、向こう岸の湯野側に立ち並ぶ三層楼の間から一条の滝が走り落ちるのを眺めて、「涼しさや滝ほとばしる家のあひ」と詠んでいることだ。この滝は、西根堰の排水路であろうから湯野側の景色だ。飯坂側から見ているに違いないのだ。

 パルセ飯坂の掲示板で、古い時代の手書きの飯坂の風景のをみたような気がした。何か手掛かりが見つかるかもしれないと出かけた。
 そうしたら、掲示板に「はて知らずの記」が紹介されていて、子規が宿泊したのは、松葉館(松葉屋旅館)だと紹介されている。
      明治の松葉屋
 それなら、「旅宿を出でゝ町中を下る事二三町にして数十丈の下を流るゝ河あり。摺上川といふ。飯坂湯野両村の境なり。」はクリヤーできる。しかし、十綱橋を飯坂側から見ていることとは矢張り違和感がある。
 結局は、「和田屋」も不明、「わたや」でもなさそうだし、「松葉屋」なら、その根拠が知りたい。恐らく、まだ推定の段階で、特定できたというところまで行っていないのではないかと勝手に思う。
 この時期は、大火後のはずだ。宿帳などにその名前が残っていないものなのだろうか。
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  1. 2010/09/20(月) 13:45:17|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

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