飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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福島の子規2-5

 余り取り上げられることは無いのだが、子規は「向こう岸の湯野側に立ち並ぶ三層楼の間から一条の滝が走り落ちるのを眺めて、『涼しさや滝ほとばしる家のあひ』と詠んでいる」ということだ。湯野側の河川の状況を考えると、この滝は、今のところ、西根堰の排水路でなかろうかと思っている。これは、現時点での西根堰の排水路から流れ落ちる様子だが、その当時は、もっと十綱橋寄りだったような気もするが、想像しているに過ぎない。
        湯野の滝
 大正10年(1921)に飯坂温泉で遊んだ泉鏡花も、この湯野側の「藤の花なる滝」に感嘆しているらしい。鏡花は「飯坂ゆき」という紀行文にそのときの思い出を書いているらしいが、まだ確認はしていない。

 さて、「正岡子規の福島俳句紀行」で紹介されることで、自分ではまだ確認できていない事が、もう一つある。
 それは「飯坂温泉の風景を『新町とて遊郭あり。櫓に提灯をつけて男女四五人が三味線にあわせ踊るあり。これを盆踊りというとぞ』と記している。」ということだ。
 しかし、今のところ「はて知らずの記」の中で、その記述をみつけていない。「はて知らずの記」は、それ程長い文章ではないので見逃した可能性は低い。別資料なのだろうと思われる。
 事実としては、確かに明治20年の飯坂大火の後に、現在の温泉街の形態に近い整備がなされたと聞く。その時、摺上川に沿って若葉町に遊郭街をつくっているらしいという事は知っている。その遊郭街は新たに作られたのであって、それが新町だろうかとは思う。
 そこで盆踊りがあった事を子規が記しているという事になるのだろうか。今のところ見逃しているらしいということだ。
 どうでもい事だか、若葉町の遊郭街は、湯野側から十綱橋を渡ると、右手の摺上川に沿って走る道沿いだ。先の泉鏡花の宿場は、その先の明山閣とのこと。

 飯坂の珍しい風習が「はて知らずの記」に記されるところは二つあって、その一つが、生キュウリをかじること。これが、子規にとっては珍しい風習に見えるらしい。
 もう一つは、客に茶と一緒に漬物を出すという風習を挙げている。これを、質素さの象徴として好ましい想いをもっていることも分かる。
 これ等は見つけているのだが、盆踊りも珍しがったという記述は、今のところは見つけられないでいる。
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  1. 2010/09/21(火) 11:29:18|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
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