飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「正岡子規と鯖湖湯」:福島の子規2-14

 子規は、文知摺観音から人力車で飯坂にやってきたが、炎熱に悩まされた。途中やや曇りで風が吹いて、今度は肌寒さが襲ってくるということで、体調は良くない。
 それでも、宿に着くとひと風呂浴びようと外に出る。当時の旅館には内風呂はなく、共同湯でひと風呂浴びるのが普通の風景だ。
 子規は鯖湖湯に入ったのは当然のこととい事になっているが、実際はそうだったろうと想像しているに過ぎない。
 子規が、実際に描写したのは「湯に入ろうと外に出たら、雨が降りだしたこと」ということと「浴場は2か所あって、混雑していてイモ洗い状態だった」として、次の句でしめているということだ。
 夕立や人声こもる温泉の煙

 当時の状況を確かめると、温泉神社を挟んで「鯖湖湯」と「透達湯」の二つの共同湯があったようだ。これを、子規は、「浴場は2か所ある」と表現したようだ。現在は、ここの共同浴場は、「鯖湖湯と称する湯場」が1ケ所だけあって、愛宕神社を挟んでその南側には足湯があるという状況だ。
 この足湯のところに、子規が訪れた時の「鯖湖湯」があったようだ。これが改築されたのが、明治22年(1889)なので、子規が来る4年前だ。この建物は最近まであって、実際に見たことがある。これが取り壊されて、子規が飯坂に来た時には「透達湯」だったところに、今の「鯖湖湯」が建て替えられたという事情だ。
 したがって、今「鯖湖湯」とされるのは、子規の時代には「透達湯」だ。
       鯖湖湯・中村屋・掘切亭、もう一つの旅館

 子規は、そのどちらに入ったのかは定かにしていない。ただ、新し好きの子規は、旧鯖湖湯の方を選んだのではないだろうかと想像するだけだ。
 周りの景色として、鯖湖湯の西側の「ほりえや」という木造3階建ての渋い建物の旅館は、創業が明治15年で、昔からの外観をそのままに残しているらしい。その向かいの旅館「なかむらや」は漆喰のずっしりとしたレトロな建物だが、ここもそのままの風景だったようだ。当時は、モダンな建物としてうつっただろうか。

 岩代国飯阪温泉三句
 夕立の下に迷ふや温泉の煙
 夕立や人声こもる温泉の烟
 夕立や人声おこる温泉の烟
 この三句を詠んで、ここから「はて知らずの記」では「夕立や人声こもる温泉の煙」を選んで、記したということのようだ。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/10/03(日) 13:07:40|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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