飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「芭蕉翁の細道紀行を極めようとする④」文知摺観音③:福島の子規2-27

 子規が訪れた時の文知摺石の様子は、現在のような状況だ。これは、芭蕉が訪ねた時とは少し違っている。

 この石は、昔は山の上にあったが、親に別れ親に別れた者などが皆ここに詣でるのに来て、麦草でこの石をこすって再会を祈るようになった。それで、ここの農民などは麦畑を荒らされるのを怒って、この石を突き落としてしまった。それで、石は麓に転げ落ちてその面が下になって、そのまま土に埋まってしまって僅かに石の角が見える状態だった。
 子規は、それで、芭蕉が訪ねた時には「石半土に埋てある」という状態だったと説明する。

 その後、言い伝えを信じて元に戻す試みがなされた。
 元禄7年頃には、時の領主であった堀田氏の弟正虎が、元の位置に引き上げるために掘り起こそうとしてしくじっているという。明治18年には、時の信夫郡長であった柴山が、堀上げようとして、これもしくじっている。
その結果が、石の周りが掘り下げられてしまった今のような状態で、子規もこの状態になってから訪れている。
 子規も、その経過を知っていて、次のようにふれている。

 某殿が、この古くからの言い伝えを信じて、数多の人夫をつのって此石を掘り起させようとしたが、元々小山のような大石だった。掘れば掘るほどその大きさが実感され、人力では動かすこともできなくて、今はもてあまし、中頃にしてその工事を止めたが、石は大体現れていて、柵で今のように結いめぐらせていたが、昔の趣を損っていると雅人は歎いている。

 そして、この石と関わる「信夫摺り絹」で締める。
 子規は信夫の里の信夫山を訪ねたという点で、芭蕉翁よりイメージが深いと思うのだが、今の時代でも、それはいい過ぎだと言われそうな気がしている自分もいる。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/10/17(日) 17:37:07|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
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