飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

「芭蕉翁の細道紀行を極めようとする」飯坂温泉⑦:福島の子規2-36

 この26日にのんびり過ごす中で、人々の風習のようなものを観察する。
 ここに限らず奥州地方では、賎民は普通に、キュウリをまるでまくわ瓜でも食うように生でかじる。それから、一般に客をもてなすのに、茶を煎じて、茶菓子の代りに砂糖漬けの香の物を出すという。こういう質素なことは関西の方ではあまりみないことだ。

 27日には、25日からずっと体調が優れなかったので、遂に医王寺にも行かないで、人力車で桑折に出発する。
 芭蕉翁の細道紀行を極めようとしていることと、医王寺に行かなかったことがどうかかわるかを確認する。
 
 芭蕉翁は、ここでは旅したことをそのまま表現していない。
大鳥城案内図

 子規が、大鳥城を飯坂温泉から「東に半里」とイメージしているのは、「奥の細道」が描く大鳥城と医王寺のイメージそのものだ。実際には、大鳥城は飯坂温泉の西の方にあり、医王寺は南の方にある。「奥の細道」では、大鳥城のかたわらに医王寺があって、そこで佐藤継信と忠信の妻が甲冑姿で老母を慰めた像を見たことになっている。しかし、当時は、ここにはその像は無い。この像は斎川の甲冑堂に安置されていたものだろうといわれている。それを、この医王寺で見たことにしたものだ。
 更に、曾良の随行日記と照らし合わせると、寺の中には入らず、奥の堂や石塔を見たということらしい。
 それでも、「寺に入りて茶を乞えば、ここに義経の太刀、弁慶が笈をとどめて什物とす。
     笈も太刀も五月にかざれ帋幟
                      五月朔日の事也」と記す。

 子規は、うすうすとそのことを感じていたものか、それとも気付かないままなのかは分からない。
 気づかなかったとすれば、医王寺に立ち寄れなかったのはラッキーな事だったといえる。表現の為に実際に見たり聞いたりした事を、子規は肯定的に見たとは思えないがどうだろうか。
 うすうすと感じていたとすれば、体調を理由にしながら、避けたという事になるのだろうか。

 ここから芭蕉は十綱の渡しで摺上川を超え、子規は十綱橋を渡って桑折に向かう。その道筋も少しずつ違うように、どこか憧れる芭蕉と現実の芭蕉の違いを暗示していると勝手に思う。
スポンサーサイト

テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/10/29(金) 10:44:40|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「芭蕉翁の細道紀行からズレはじめる」飯坂温泉⑧:福島の子規2-37 | ホーム | 芭蕉翁の細道紀行を極めようとする」飯坂温泉⑥:福島の子規2-35>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shin485.blog10.fc2.com/tb.php/159-d296c24d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

タグそして検索

プロフィール

親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

最新記事

カテゴリ

2014年10月15日までの発信内容 (10)
庭に集まる虫 (1)
花壇の花々 (2)
話題考2014-9 (6)
2014年9月15日までの目次 (3)
【会津へ向かう途中の風景から】 (1)
福島のイベント情報 (1)
2010年までの目次 (166)
○ 夜の長い街にて(フィクション)  (30)
○ 福島の子規(ノンフィクション) (52)
話題考 (49)
日々雑感 (28)
小さな目と小さな声 (6)
日々雑感2014 (1)
2014 (1)
2014年11月15日までの発信 (0)

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。