飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「芭蕉翁とずれはじめる」:福島の子規2-42

 子規が追う芭蕉翁は、実際の芭蕉翁よりも芭蕉翁がイメージしようとしたものを追っている。
 省略する時には大胆に思い切った省略をするが、イメージを求める時には、芭蕉本人よりも徹底して実物にふれ、徹底して実際に体感を通す。芭蕉のイメージが、軽くさえ感じられてしまうほどだ。

 例えば、信夫摺り。
       文知摺り

 芭蕉は文知摺観音を訪ねるだけだが、子規は、その信夫草とかかわる信夫山を訪ねてから、文知摺観音を訪ねる。

 例えば、実方の墓。
 芭蕉は、西行が足跡を残した実方の墓前に参ることを切望したが、夕暮れが迫り、また「此比の五月雨に道いとあしく、身つかれ侍れば」との事情から、これを断念し、仙台への旅を急ぐ。
 曾良の随行日記でも、箕輪と笠島の村は並んであるというが、行き過ぎて見なかったとしている。
 それに対して、子規は、実方の墓を実際に訪ねていることは、先に整理した。そして、それだけではない。体調不良ながら、似たような事例である「葛の松原」にも立ち寄った後で、この実方の墓を訪ねているのだ。

 表面的な立ち寄り場所は同じだが、そこに至る道筋の中でイメージを構築していく厚みは、子規の方がはるかに深い。先人西行が何度も訪れるという深さなら、子規は徹底して訪れるというしつこさだ。
 そういう点からは、芭蕉は、単発で淡白な一過性のイメージだ。これが都会的な軽やかなイメージを醸し出すのだろうか。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/11/10(水) 17:55:34|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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