飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-44

 子規は、29日には、つつじが岡に遊ぶ。ここからは、福島の子規とは切り離され、別の項となる。
 それでも、歌枕については「『躑躅岡』とも書き、『山榴岡』とも書いて、古歌の名所なり。」としか説明しない。そして、「仙台停車揚のうしろの方にあたる。杜鵑花は一株も見えないが、桜樹茂りあひて空をおおい日をふせぐほどで、涼風の腋下に生ずるを覚える。花咲きいづる頃想ひやられる。」と眼の前の風景を説明する。

 「宮城県の歴史散歩」によると、ここがつつじの名所であり、古歌からもそのことは伺えるが、伊達藩4代伊達綱村氏が、生母三沢初子の冥福を祈るため、京からしだれ桜などを移植して、江戸時代には桜の名所になってきているとのことだ。
 (※ 杜鵑花=植物「さつき(五月)」の誤用漢名)

 芭蕉も訪れたという榴ケ丘天満宮についても、景色については「天神廟あり釈迦堂あり」とするだけだ。そして、芭蕉50回忌の追悼碑であろうか、その句を刻んだ碑が境内に累々と並んでいる様子を説明して、その句を批評している。
 悪句捨所の感あるは雅中の俗なり。(可なる者只買明蓼太二人の句のみ)

 この地には、明治8年(1875)に編成された第2師団歩兵第4連隊が二の丸から移転駐屯していたが、その兵舎については次のように描写する。
 桜の並樹に沿って見込み、深く柵をめぐらして、いかめしい番卒が睨んでいるのは兵営で、俗中の俗だ。しかし、兵営からいえば俗中の雅になるだろうか。我はただ仙台公園のここに在るのを怪しむのみだ。

 兵隊の行列白し木下やみ
 「宮城県の歴史散歩」によると、公園の東側にある兵舎は、1874年に仙台城の石垣の一部を利用して建てられているという。木造二階建て、寄棟造り・瓦ぶきの兵舎は、県内に現存する最古の洋風建築物とのことだ。

 訪れる地は奥の細道に沿うのだが、そこで表現されるのは子規の時代の風景ということを感じる。
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/11/13(土) 15:17:14|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
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