飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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「再び芭蕉翁を追う」:福島の子規2-47

 松島に上がった後のコース取りは、違ってくる。
 子規が追う芭蕉翁は、実際には松島湾、瑞巌寺、雄島の順にたどっているらしい。
 松島に到着した芭蕉は、伊達政宗が再興に精魂を傾けた瑞巌寺参拝し、その南方に浮かぶ雄島を訪ねる。
 「随行日記」や本文から、雄島での立ち寄り先として頼賢の碑・座禅堂・松吟庵であったろうことが挙げられ、見仏上人の旧跡などもこれに加わると見られている。

 これを追う子規は、まずは観瀾亭の前に宿をとったようだ。部屋からも松島の景色を楽しみ、とりあえずは観瀾亭に出かける。芭蕉は瑞巌寺にたっぷりと時間をかけるようだが、子規はここで、たっぷりと時間をとる。
 それから、瑞巌寺、五大堂に詣でて、夕暮れになると、その松島の風景に浸り、旅亭に帰っても、欄干から見える島々を楽しんでいる。

 観瀾亭では、太閤と政宗(貞山公)とのかかわりと装飾や建材の豪奢さなどをたっぷりと描写する。そして、その廊下に座って、じっくりと松島の風景を楽しみ、「各媚を呈し嬌を弄す」。
 太閤と政宗(貞山公)という天下の豪傑がかかわった亭であることに思いを馳せ、松島という扶桑第一の好景に浸る。
 その2人はいないわけだが、風光依然として天下に冠たる限りは、涼風萬石夏を忘れる頃、明月一輪秋まさに半なる時、両公の幽魂手を握ってそこに遊観彷復するにきまっていると。そんな感じだ。
 そこに自分を重ねて表現するが、今のところ、その思い入れをどう表現していいか分からない。とりあえず、子規の表現に自分の理解を重ねて表記している。

 自分はそん大それたものではないが、其意気昂然においては、敢て両公に譲らないという。いわんや風月の権においては、一書生の手より奪うべきではない。
 独り亭前に座って左顧右眄(あちこち見回す)と、両公彷彿して座間に微笑するを見る。しかし、傍人はもとより知らない。
なき人を相手に語る涼みかな


 こんな感じだろうか。
※ 12/15付加
 俳句はよくわかっていない素人にとっては、この句だけを読んでも分からないところがあるのだが、足跡を追うと、ひょっとするとこうなのかなと思うことがある。
 ここでいう「なき人」って「太閤」であり、「政宗(貞山公)」であり、ひょっとすると「芭蕉翁」も含んでいるかもしれないなどと勝手に思っている。 
 
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テーマ:エッセイ - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/14(火) 10:54:59|
  2. ○ 福島の子規(ノンフィクション)
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 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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