飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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日々雑感11 : 「臓器移植法案」?

 脳死は人の死と法律で決まったことを受けて、「毎日新聞」は、「移植法改正」について、「拙速否めぬ命の議論」と題して論じていた。
 その問題点の指摘は、臓器移植にかかわることと、その決まり方についてのようだ。
 臓器移植にかかわっては、本人の同意が必要でなくなることと、本人が提供する優先順位が決められるという理念が、現行法と違うことについて言及していた。
 そして、このこととかかわって、その決まり方が、十分に論議を尽くされずに拙速だったと批判していた。
 臓器移植は、「臓器を摘出される子供」にも配慮すべきとして論を広げるが、臓器移植にかかわる論に限定し、死生観についての言及までは避けていたように思う。

 このことについて、死生観から言及しているのは、野坂昭如氏の「七転び八起き」の連載58回「臓器移植」だ。その中で、決めた議員は、どういう死生観と向き合っている人々なのかを問題にしていたことに説得力があった。
 簡単にいえば、決めた議員の生き方が問われるのであって、薄っぺらな死生観で決められては困るとうことだ。
 かつての日本は、死は身近な出来事で、日常の中で、生死とかかわっていたとし、それが、医学が進歩し、いつの間にか死が遠くなって、その中で、臓器移植、脳死などの言葉が当たり前になってきているという現状の認識。
 身近な人が遠くで生まれ、遠くで死んでいく現在、医学はどんどん進歩している。僕らの死生観は追いついているのだろうかと結んでいる。

 その中で、議論を尽くすことよりも大切なものが見えてくるように感じた。
 それは、決める人たちが、本当に日本特有の文化や宗教を深く考え悩み抜いたかということだ。更に、国際的な観点も加えて迷い、決めざるを得ないという状況の中で一票を投じたのかどうかということが真に問われることのように思える。
 それなら、どんな決まり方でも納得せざるを得ないと思う。しかし、もっと気軽な問題認識だったなら、例えどんなに議論を尽くしたとしても、どんなに整った形でも、それは軽い法律でしかないと思える。

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テーマ:生活の中で - ジャンル:ライフ

  1. 2009/07/14(火) 09:59:55|
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Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

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