飛翔

作品原案として書き連ねています。 書きかけで試行状態ですが、踏ん切りをつけるために、一度手を離すことを目的としています。

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小さな目と小さな声1 : 「カテゴリーを立ててみたこと」

 教育の話題の中で、よく子どものためという話を聞く。しかし、よく聞いてみると真に子どものためを思うことよりも、大人が自分の都合のよいようにするための子供問題であることが多い。
 例えば、「子どもを社会が育てる」という理念だが、これはちょっと見ると子どものためと見られるが、そうではない。「育てる」大人側の見方の議論だ。
 具体的な施策として、例えば保育園と幼稚園の統合などを駆使して、長時間施設が子どもを面倒見るシステムというような話が出てくる。これは、確かに子どもの問題だが、これは「育てられる」子ども側からの話ではない。「育てる」大人側から便利になるという子ども問題の話だ。
 これを「育てられる」子ども側から見たらどうなのだろうか。
 子どもの問題の受益者は子どものはずだが、受益者の意見を聞くという時には、その親の意見が幅を利かせる。子と親の利害が一致していれば問題はないが、これが必ずしも一致しているとは限らない。
 子どもの意見が、独り歩きすることはないが、親の意見は独り歩きする。その時に、暗黙のうちに、勝手に子どものためになるように思われてしまっているということはないかなということだ。

 先の具体例なら、カッコいい「子どもを社会が育てるという理念」のスローガンには不都合だろうが、子どもの本音は、できるだけ早く迎えに来てほしいと思っているはずだということだ。

 「小さな目と小さな声」の「小さな目」というのは、そんなカッコいいスローガンの裏に、隠された「違うよ」と言っているだろう思われる子どもの「小さな声」を想像してみる視点だ。

テーマ:教育って何だ? - ジャンル:学校・教育

  1. 2009/11/26(木) 11:31:28|
  2. 小さな目と小さな声
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親馬シン

Author:親馬シン
 原点であるフィクション「夜の長い街にて」を整理していく中で、自分が求めていたものの輪郭が明らかになると思っていた。
 しかし、実際にはそうはならなかった。

 今は、知りたいことを追い求め、何も考えずに書きとめるだけだ。それでも充分満足している自分を感じている。

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